② 「利権」という言葉を、いったん外してみる

 


② 「利権」という言葉を、いったん外してみる

政治の話になると、すぐに「利権」という言葉が出てきます。
 「そこには利権がある」
「政治家が利権を握っている」
「あの業界と政治家は利権でつながっている」

 たしかに、現実の政治において、
特定の人や企業、団体に利益が集中することはあります。
 しかし、ここで一度、「利権」という言葉を外してみる。
 すると、少し違った景色が見えてきます。
たとえば、ある公共事業が決まったとします。
 そこに予算が付き、行政が発注し、企業が受注する。
 その企業には利益が入り、そこで働く人には給料が支払われ、
地域には経済効果が生まれる。

 一方で、別の企業は受注できなかったかもしれない。

 では、これは「利権」なのでしょうか。
 ここで「利権」という言葉を使ってしまうと、
私たちは、いきなり善悪の判断に入ってしまいます。

 しかし、本来先に見るべきなのは、
「誰が、どのルールで、何を決め、その結果、誰に何が移動したのか」
 ではないでしょうか。
つまり、 「利権がある」 という言葉を、いったん分解してみる。
 すると、その中には、
 ・予算を決める人
・制度を設計する人
・発注する行政
・受注する企業
・政治家を支援する団体
・選挙で票を持つ組織
・政策決定に影響を与える人
・その結果として利益を得る人 など、
いくつもの主体が存在していることに気づきます。

 そして、それぞれの間には、
「お金」
「票」
「公認」
「予算」
「許認可」
「情報」
「人事」
など、さまざまなものが動いている。
 ここまで見えてくると、問題は単純な「利権」ではなくなります。
前回、私たちは「政治家」と「政治屋」を区別する必要があるのではないか、
と考えました。
 ここでも、同じことが言えます。
 政治家が政策を実現するために、企業や団体と話をすること自体は、
必ずしも悪いことではありません。

 企業にも、地域にも、業界にも、それぞれの現実があります。
 政治がそれらの声を聞くことは、
むしろ必要です。

 問題になるのは、 その関係が、どのような仕組みになっているのか。

 そして、 その仕組みが、国民全体の利益から外れていないか。
 ということではないでしょうか。
だから、「利権政治だ」と叫ぶ前に、一度こう問い直してみる。
誰が決めたのか。
決定の根拠は何だったのか。
誰がその決定によって利益を得たのか。
誰が負担したのか。
その関係は公開されているのか。
他の選択肢は検討されたのか。

 こうして追いかけていけば、「利権」という一言では見えなかった政治の構造が、
少しずつ姿を現してきます。
そして、ここが重要なのかもしれません。
 「利権」という言葉は、とても便利です。
 何かがおかしいと感じたとき、
そこに「利権」という名前を付ければ、
原因が分かったような気になります。

 しかし、 名前を付けることと、構造を理解することは違います。
 「利権」という言葉で思考を止めてしまえば、
 「では、誰が?」
「どの制度によって?」
「どの経路で?」
「何が移動して?」
「その結果、誰に何が起きたのか?」 という、
本当に必要な問いが消えてしまいます。
だから、今回はあえて「利権」という言葉を外してみる。

 悪者探しをするためではなく、
政治の中で、実際に何が動いているのかを見るために。

 すると、政治とお金、政治と票、政治と企業、政治と行政、政治と地域社会との関係が、
少しずつ一本の線としてつながってくる。
 その線を追っていけば、もしかすると、
私たちが「利権」と呼んでいたものの正体も、
別の言葉で説明できるのかもしれません。
 そして、その先に見えてくるのは、特定の誰かの問題ではなく、
 
「政治という仕組みそのものが、どのように利益と意思を動かしているのか」 という、
もっと大きな問題なのではないでしょうか。
つづく。

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