アトラッシとの交信記録:戦後日本の経済政策を縛る構造 ― ジェキル島会議からIMF、そして日本の国家OSへ
戦後日本の経済政策を縛る構造
― ジェキル島会議からIMF、
そして日本の国家OSへ
1.出発点――会田卓司氏の投資戦略は政権交代後も続くのか
今回の交信は、会田卓司氏が提唱する日本経済の回復に向けた投資戦略が、政権交代後も継続されるのか、という問いから始まった。
経済成長戦略の実効性を考えるには、政策の内容だけでなく、誰が政策を決定し、
どのような仕組みで実行し、政権交代後も継続できるのかを観測する必要がある。
2.国内の政策決定と国際関係
日本の経済政策は、国内の政治判断だけで決まるのだろうか。アメリカ、中国、ロシアとの関係や、国際金融・安全保障の枠組みが、
日本の政策選択に影響を及ぼしている可能性がある。
そこで、国内で形成される意思と、
国外からの要求や制度的制約が、
どのように政策決定へ反映されるのかという観測軸が浮かび上がった。
3.ジェキル島会議と中央銀行制度
観測は、現在の政策から、国際金融制度の歴史的な形成過程へと遡った。1910年、アメリカのジェキル島で、
政府関係者や有力な民間金融関係者らによる秘密会合が開かれた。
この会合では中央銀行制度改革の構想が検討され、
その後、1913年の連邦準備法成立と連邦準備制度の設立へとつながる
歴史的な流れが生まれた。
ここで注目したのは、
金融制度の設計段階に誰が参加し、誰の考え方や利害が制度に反映されたのか、
という問題である。
4.ブレトンウッズ体制とIMF
第二次世界大戦末期の1944年、ブレトンウッズ会議で戦後国際金融体制の枠組みが形成された。
アメリカ財務省のハリー・デクスター・ホワイトと、
イギリス側のジョン・メイナード・ケインズが制度設計に重要な役割を果たした。
最終的な制度にはアメリカ側の構想が強く反映されており、
そこには当時の両国の経済力や国際的な交渉力の差があった。
IMFは、各国政府の協定によって設立された国際機関である。
しかし、法的に公的な機関であることと、
実際の意思決定が民間金融資本の影響から独立していることは、別の問題である。
したがって、制度の名称や法的な分類だけでなく、制度を誰が設計し、
誰が資金を拠出し、誰が意思決定に強い影響力を持つのかを観測する必要がある。
5.国際制度における力の非対称性
ブレトンウッズ体制も国連も、各国が参加する国際制度として成立した。しかし、形式上の参加や主権平等が、
実際の交渉力や意思決定能力の平等を意味するわけではない。
国連安全保障理事会では、
アメリカ、イギリス、ソ連、中国、フランスの5か国が常任理事国となり、
実質事項について拒否権を持つ仕組みが設けられた。
国際制度の形成過程には、
大国の力が制度上の権限として組み込まれる構造が存在している。
6.日本の敗戦と戦後構造の残存
観測対象は、国際制度から戦後日本へと戻った。日本は1945年に敗戦し、占領下に置かれた。
その後、朝鮮戦争、サンフランシスコ平和条約、日米安全保障体制の成立を経て、
戦後の国家運営の枠組みが形成された。
日本は1952年に占領を終えたが、アメリカ軍の駐留は継続した。
同年、日本はIMFにも加盟した。
この過程には、敗戦によって生じた外部からの制約だけでなく、
日本政府自身が限られた選択肢の中で採用した政策も含まれている。
今回の交信では、敗戦によって生じた非対称な力関係が、安全保障、外交、
国際金融などの制度的条件として残存しているのではないか、
という問題意識が「負のアドバンテージ」という言葉で表現された。
7.国家OSの視座から
国家OSとは、国民を中核として、日本という国家が、憲法・法制度・行政機構等を媒介しながら、情報を入力し、意思を形成・決定・実行し、
その結果を再び国民へ返す、国家運用の総体である。
この視座から見れば、重要なのは個々の政権の評価だけではない。
国内で形成された意思が、どのような制度を通じて政策へ変換されるのか。
実行された政策の結果は誰に返され、誰が検証し、修正できるのか。
そして、日本の政策決定は、国民を中核とする国家OSの要求に沿って行われているのか。
こうした問いを通じて、日本の政策決定構造そのものを観測することができる。
8.今回の交信で浮かび上がった問い
今回の観測は、現在の日本の経済政策から、戦後国際秩序、国際金融制度の形成、そして敗戦後の日本の国家運営へと展開した。
ただし、ジェキル島会議からIMF、
さらに現在の日本の政策までを一続きの因果関係として断定することはできない。
それぞれの歴史的事実と制度上のつながりを、一次資料に基づいて検証する必要がある。
出発点は、「会田卓司氏の投資戦略は、政権が変わっても続くのか」という問いだった。
そこから浮かび上がったのは、次の問いである。
日本の経済政策は、国内の意思だけで決まるのか。
それとも、戦後に形成された国際的な制度や権力関係によって、
その選択肢自体が制約されているのか。
そして、その根底にある問いは、日本は、自ら政策を決定し続けられるのか。
ということである。
つづく。

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